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 ドコサヘキサエン酸(DHA)の機能研究
湘南予防医科学研究所 所長・矢澤 一良
はじめに

近年高齢化が進む我が国において食生活の欧米化に伴い、「生活習慣病」が増加している。「生活習慣病」とは、これまでの成人病の事であるが、その原因を的確に示したという点で評価できる改称といえる。ある種の食品や栄養素を用いての予防、治療、食餌療法が試みられているが、なかでも魚油中に多く含まれるドコサヘキサエン酸(DHA)が注目を浴びている。

DHAはn-3系高度不飽和脂肪酸の一種であり、魚油に豊富に含まれている。一方、陸生動物ではn-6系統のアラキドン酸(AA)が体内脂質中に豊富に含まれている。ヒト体内ではDHAの生合成はほとんどできず、またn-3系統n-6系統の相互変換もできないとされており、ヒトの生体内に含まれるDHA量は、それらを含む食品すなわち魚油(魚肉)の摂取量を反映していると考えられる。

このようにn-3系およびn-6系の二つの大きな系統の高度不飽和脂肪酸のグループの摂取量の相違が、脳・心臓・血栓性疾患の罹患率に大きな影響を持つことが、近年、疫学的および栄養学的研究の成果により漸次明らかとなり、これらの疾患の予防・治療の観点からDHAなどの海産性高度不飽和脂肪酸が注目を浴びるようになった。

DHAの薬理活性

DHAは図1に示すような化学構造を持つn-3系の炭素数22、不飽和結合6ケ所を有する高度不飽和脂肪酸の一種であり、化学的な合成による量産は不可能である。DHA、ヒトにおいても脳灰白質部、網膜、神経、心臓、精子、母乳中に多く含まれ局在していることが知られており、何らかの重要な働きをしていることが予想され、以下に示すように現象面では多くの報告がある。しかしながら、現在のところ薬理活性の作用機序(メカニズム)に関しては研究進展は著しいものの、いまだ十分に明らかにされていないのが現状と言える。

1)DHAの中枢神経作用

奥山らが行ったラットの明度弁別試験法を用いた記憶学習能力の実験では、投与した油脂はカツオ油、シソ油、サフラワー油の順で記憶学習能力が優れている結果が得られている。また、藤本らの憂ウィスター系ラットを用いた明暗弁別による学習能試験においても、投与した油脂でDHAはα-リノレン酸よりも優れ、サフラワー油が最も劣る結果となった。筆者らは、マウス胎児のニューロン及びアストログリア細胞を高度不飽和脂肪酸添加培地にて培養したところ、DHAはよく細胞膜リン脂質中に取り込まれることを見出している(未発表)。

記憶学習能に関する報告として、Soderbregらはアルツハイマー病で死亡したヒト(平均年齢80歳)と他の疾患で死亡した人(平均年齢79歳)の脳のリン脂質中のDHAを比較した結果、脳の各部位、特に記憶に関与していると言われている海馬においては、アルツハイマー病の人ではDHAが1/2以下に減少している事を報告している。さらに、Lucasらは300名の未熟児の7〜8歳時の知能指数(IQ)を調べた結果、DHAを含む母乳を与えられたグループに比較して、DHAを含まぬ人工乳を与えられたグループではIQがおよそ10程低い事を報告している。福岡大学・薬学部・藤原らは、脳血管性痴呆や多発梗塞性痴呆のモデルラットを用いてDHAの投与による一過性の脳虚血により誘発される空間認知障害の回復を明らかにした。また海馬の低酸素による細胞障害(遅発性神経細胞壊死)や脳機能障害の予防を示唆しており、具体的な疾患に対するDHAの治療効果をある程度予測させるものと考える。その他、栄養学的にDHA食を与えた動物では記憶・学習能力が高いという実験成績は多くの研究機関より報告されている。

一方、ヒトへの臨床試験として、群馬大学・医学部・宮永ら(神経精神医学教室)と筆者の共同研究により、老人性痴呆症の改善効果が得られた。カプセルタイプの健康食品レベル(純度50%)のものであるが、1日当たりDHAとして700mg〜1,400mgを6ケ月間投与した結果、脳血管性痴呆13例中10例に、またアルツハイマー型痴呆5例中全例にやや改善以上の効果があらわれ、その精神神経症状における、意思の伝達、意欲・発動性の向上、せん妄、徘徊、うつ状態、歩行障害の改善が見られている表1。また千葉大学・医学部・寺野ら(第2内科)との共同研究においても、脳血管性痴呆症患者(16名)が6ケ月のDHAカプセル摂取(720mg/日)により有意に改善することを示した。投与群では赤血球変形形態および全血粘度に改善がみられ表3、脳血管障害の改善を介している可能性を示唆している。

母乳中にDHAの存在が認められ、日本人の母乳のDHA含有量は、欧米人の母乳に比較して高いことが知られており、これらの事などからヒトの発育・成長期にDHAは必須な成分であると考えられるようになってきた。さらに老齢ラットにDHAを投与した結果、脳内のDHA含有量が高められた実験も報告されている。N-3系脂肪酸の中でも神経系に対する薬理作用はDHAに特徴的であり、それは血液脳関門あるいは血液網膜関門を通過出来ることに由来すると考えられている。東北大学・医学部・赤池らのグループは、ラットの大脳皮質錐体細胞を用いて神経伝達物質の一つであるグルタミン酸を受け取るレセプターの中で記憶形成に重要とされるNMDA(N-methy-D-asparagicacid;記憶形成に関与すると考えられている、神経伝達物資の一つグルタミン酸の受容体)レセプター反応がDHAの存在により上昇する事を見出した。また大分医科大学・吉田らは、n-3系脂肪酸食を与えたラットの海馬の形態学的構造と脳ミクロソーム膜構造を学習前後のおける違いを調べた。その結果、海馬領域のシナプス小包の代謝回転が影響を受け、またそれはミクロソーム膜のPLAに対する感受性の違いと考えられ、その結果としてラットの学習行動に差が現れた可能性が示唆された。これらの様に、記憶・学習能力に関する作用に関しては細胞レベル、分子機構レベルでの解明が少しずつなされている。

網膜細胞に存在するDHAは脂肪酸中の50%以上にのぼり、脳神経細胞中を遥かに凌ぐ事はよく知られている事実であるが、その機能と作用メカニズムにはいまだ不明な点が多い。R.D.Uauyらは、ERG(electroretinogram;網膜の活動電位を描写したもの)波形のa波およびb波に関して81名の未熟児を調査し、その網膜機能を調べた結果、母乳あるいは魚油添加人工乳を与えた場合に比較して植物油添加人工乳を与えた場合では正常な網膜機能が低下していることを示唆した。N-3系脂肪酸欠乏ラットではERG波形のa波およびb波に異常が見られる事、また異常が見られた赤毛猿ではn-3系脂肪酸欠乏食を解除しても元に戻らない等の事実から、Uauyらは未熟児におけるn-3系脂肪酸の必要性を示唆している。

Carlsonは、未熟児の視力発達および認識力におけるn-3系脂肪酸の重要性を検討した。DHA0.1%、EPA0.03%を含む調整粉乳を与えた場合では、視力と認識力が向上したが、EPAを0.15%と過剰に投与した場合ではやや生育が抑制されたことを報告した。これはEPAがアラキドン酸と拮抗する為と考えられ、従って未熟児の調整粉乳の場合にはDHA/EPA比のなるべく大きい油脂を添加・強化することが有用であると考えられる。一方、Ko-letzkoらは、母乳または市販粉乳で生育した未熟児の血中リン脂質中の脂肪酸を分析したところ、同様に2週間および8週間後のDHAとアラキドン酸含有量は母乳児で有意に高値を示すことを報告した。この事は少なくとも生後2ケ月の内にDHAとアラキドン酸が必要であり、未熟児の期間だけではなく正常に成長を示す乳幼児にも両者が必要であることを示唆するものである。以上のように、DHAは脳や神経の発達する時期の栄養補給にとどまらず、広く幼児期から高年齢層の脳や網膜の機能向上にも役立つとの期待が持たれている。

2)DHAの発癌予防作用

発癌はプロスタグランジンを主体とするエイコサノイドのバランスが崩れたために生じる場合があり、このエイコサノイドバランスを正常化することにより、癌細胞を抑制できるという考え方があり、DHAの摂取が重要であると言われている。

国立がんセンター・生化学・江角らのグループは大腸発癌に対するDHAの抑制作用について検討した。20mg/kg体重あたりの発癌物質ジメチルヒドラジンの皮下投与ラットに、6週齢より4週間、週6回0.7ml(約0.63g)のDHAエチルエステル(純度97%)を胃内強制投与を行った。コントロールラットには精製水を与えた。実験期間終了後解剖して、消化管における病巣を調べた。病巣は、前癌状態である異常腺窩を示し、通常、癌は前癌状態より移行するものであり、癌に至ったものについては強い治癒効果は期待できるものではないが、前癌状態で抑制することにより、より効果的に発癌を抑制することが期待できる。ラット1匹あたりの病巣の数、ラット1匹あたりの消化管部位別異常腺窩の数及び1病巣あたりの平均異常腺窩数においては、DHAエチルエステルの経口投与によりいずれも有意に低下していた。また本実験の追試を、実験期間を8週間および12週間にして行った結果、いずれもほぼ同様の結果が得られた表4。以上の結果から、DHAは前癌状態である異常腺窩を抑制し、発癌を抑制することが示唆された。

成沢らは、化学発癌物質であるメチルニトロソ尿素を投与して発癌処置をしたラットの実験において、DHAエチルエステル(74%)の経口投与によりリノール酸およびEPAエチルエステルとは有意の差で大腸腫瘍発生が少なかった。また、胃癌、膀胱癌、前立腺癌、卵巣癌などに効果・効能のある白金錯体のシスプラチンは、抗腫瘍薬耐性のためにその使用量に制限があるが、DHAを添加することにより、この耐性を3倍低下できるといわれており、将来DHAを抗癌剤との併用による副作用軽減や相乗効果を期待できることが示唆された。

3)DHAの抗アレルギー・抗炎症作用

筆者の研究室では白血球系ヒト培養細胞による血小板活性化因子(PAF)産生の検討を行っており、DHAがPAF産生を抑制しており、DHAによるアレルギー作用の抑制の作用機序の一端を証明した。そのメカニズムとして、DHAは細胞膜のリン脂質のアラキドン酸を追い出し、従ってPAFやロイコトリエン産生量が減少し、またリン脂質に結合したDHAはホスホリパーゼA(PLA)の基質となりにくい事も明らかにした。また、本作用機作における抗炎症、抗アレルギー作用はEPAよりも強力であることも推定された。さらに特に炎症やアレルギーに関与する細胞性PLAによりアラキドン酸やEPAとは全く異なり、DHAホスファチジルエタノールアミンはDHAを遊離しない事、また本化合物はより積極的に細胞性PLAを阻害することを見出した。

アラキドン酸代謝産物であるロイコトリエンB(LTB)の過剰生産はアレルギー疾患の引き金となるばかりではなく循環器系疾患にも関与すると言われている。富山医科薬科大学・第一内科グループは、トリDHAグリセロール乳剤のウサギへの静注によりLTBの過剰生産を抑制する事を証明し、急激なLTBの上昇によって発生する各種疾患への有効性を示唆している。

4)DHAの抗動脈硬化作用

九州大学・農学部・池田らは、食餌脂肪は飽和脂肪酸、単価不飽和脂肪酸、高度不飽和脂肪酸がそれぞれ1:1:1になるように調製し、その多価不飽和脂肪酸のうちわけとして10%はn-3系、23.3%はn-6系としてラットを飼育した。N-3系高度不飽和脂肪酸としてDHA、EPA、α-リノレン酸(ALA)の3種での比較を行った。血漿中および肝臓中の脂質を測定した結果、DHA投与により、血漿コレステロールとリン脂質および肝臓コレステロール、リン脂質と中性脂肪はEPAやALAと比較して低値を示した。一方EPA投与により、血漿中性脂肪はDHAやALAと比較して低値を示した表5。これらの事は、n-3系脂肪酸の中でもDHAはEPAやALAとは異なる特徴的な脂質代謝改善機能を有する事を示唆する。Subbaiahらはn-3系脂肪酸の抗動脈硬化作用のメカニズムの解明を目的として、ヒト皮膚細胞を用いた細胞膜流動性を検討した。その結果、細胞内に取り込まれたDHAはEPAよりも有意に細胞膜流動性を増加させ、5nucleotidaseやadenylatecyclase等の酵素活性やLDL reseptor活性を上昇させる事を示した。特にLDL reseptor活性は25%も上昇したことから、DHAの抗動脈硬化作用のメカニズムをある程度推測できるかも知れない。

Leafは循環器系特にCaチャネルとの係わり合いにおいて、DHAの薬理作用を例示しEPAよりもDHAの方がより強く影響することを示唆した。Billmanらはイヌを用いたin vivo実験で、魚油投与により不整脈を完全に予防することを報告している。Bergらは高純度EPA(95%)を与えたラットでは中性脂肪低下作用を示すが、DHA(92%)では有意な低下が見られなかった事を示し、さらにEPAは中性脂肪合成とVLDL生成を抑制することを示した。このように、DHAとEPAとは同じn-3系脂肪酸であり化学構造的に極めて類似しているが、これまでにも知られていたBBB(血液脳関門)やBRB(血液網膜関門)の通過の差異の他、両者の生理活性の明らかな相違を示す研究発表も多く、魚油あるいはn-3系脂肪酸としてDHAとEPAを一括して論ずることはできないことが強く示唆される。

おわりに

以上のように、DHAの薬理作用に関し多くの報告が行われており、「魚食」や「魚油摂取」の疫学調査の裏付けとなる科学的データや作用メカニズムに関するデータが確実に蓄積されてきている。ここ数年来食用DHA油、石鹸等化成品用DHA油、動物油DHA飼料や研究・医薬品開発用高純度DHAの供給が可能となって来た。このような背景から、カプセル型の機能性健康食品以外にも多くのDHA添加・強化食品が開発されており、またこれまで酸化や魚臭の問題で困難とされてきた粉末化や乳化技術の向上により各種食品への添加や飲料への応用も可能となってきており、今後も益々質量共に用途が広がって行くものと考えられる。DHAは化学合成できない、天の恵みのような栄養素であり、ヒトの健康の維持や、疾病の予防において重要な働きをするものであるからこそ、それらの性質を良く理解した上での食品や医薬品への用途開発を行っていくべきであると考える。

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