健康・栄養に関する研究開発と教育
〜第25回健康食品フォーラム

2012年2月6日(月)、東京・霞ヶ関瀬尾ホールで「第25回健康食品フォーラム」が開催された。今回のテーマは「健康・栄養に関する研究開発と教育」。日米欧における健康栄養研究の違いなどについて、佐々木敏教授(東京大学大学院医学系研究科)が報告した。

日米欧における健康栄養研究の現状と課題
東京大学大学院 医学系研究科 公共健康医学専攻 社会予防疫学分野 教授 佐々木 敏

2005年-2009年発表の原著論文を精査

日米欧では健康・栄養関連の研究がどのように行われ、どのような違いや課題があるのか、佐々木氏率いるチームは、世界各国で発表されている研究論文を国別・機関別・著者別にランキングし、文部科学省と共同研究で分析を行い、2010年に研究成果を発表している。

佐々木氏らは健康・栄養関連の研究発表の論文データベース(Scopus)のうち、2005年から2009年の5年間で発表された原著論文から栄養系で13誌、医薬品系で6誌の重要な媒体を選び、これらに掲載された原著論文の中から、エビデンスがグレーのものや論文として不十分なものは除き、7,695本を精査・抽出。

さらに、著書を所属機関別に分類し、「ヒト研究論文」か「動物実験論文」に分けた。結果、「ヒト研究論文」については、欧米の研究機関・大学がランキングの上位を占めたという。

「ヒト研究論文」提出ではハーバード大がトップ

また、世界のトップ機関で、栄養に関する研究論文は医学部よりも栄養学部又は農学部に所属する栄養学科に多いことが明らかになった。中でも最も多く「ヒト研究論文」を提出しているのがハーバード大学で145本、全論文に占める割合は2.4%。

しかし「動物実験論文」では、ハーバード大学はベスト30にも入らず、1位はフランス国立農学研究所の74本、全論文に占める割合は4.1%であった。つまり「ヒト研究論文」が強い機関と「動物実験論文」が強い機関は必ずしも一致しない。また、いずれの論文にせよランキング上位国では、人間栄養学を学ぶ拠点となる大学にはほぼ栄養学部あるいは学科があることが明らかとなった、と佐々木氏は報告した。 

「ヒト研究論文」提出では国立健康栄養研がトップ

一方、日本の状況をみると、「ヒト研究論文」では独立行政法人国立健康・栄養研究所が国内では最高位、世界では46位で22本の論文を発表している。国内2位は世界114位の東北大学で11本、国内3位は世界129位の徳島大学で6本。「動物実験論文」については、日本の1位は世界29位の北海道大学、東北大学、京都大学の3校、各大学とも9本の論文を提出している。

国別にみると、「ヒト研究論文」の数では、日本は第9位の195本、「動物実験論文」はアメリカに続く第2位の162本であった。しかし機関別でみると日本はほとんど上位に入らない。

日本は、研究機関として「健康栄養学に強い」といえる機関や大学がほとんどなく、個人が頑張っているという状況である。また、上位10位以内にランキングした大学で栄養学の学科がある大学はわずか2機関のみである。

世界の多くの論文は「公衆衛生学部」から提出

世界のトップであるアメリカのハーバード大学、カリフォルニア大学、タフツ大学は、「ヒト研究論文」も「動物実験論文」も「公衆衛生学部」が強いが、日本にはこうした学部が無いことも明らかな違いである。

日本では公衆衛生学は医学に近いと考えられており、独立した学部は設けられていない。これは世界のスタンダードと大きく異なる。世界で発表されている論文の多くはこの「公衆衛生学部」から提出され、その後に「医学部」「農学部」と続いていると佐々木氏。

日本は、「人間栄養学」を学ぶ場が欠落

またアメリカや欧州の大学や大学院の多くには「栄養学部」があり、ここからも多数の論文が提出されているが、日本には「栄養学部」が設置されている大学もそれほど多くはない。

「栄養」について学べる日本の大学と「栄養学、衛生学、人間栄養学」を学べる他国の大学との間には、大きな違いがある。日本は「栄養学」については世界のスタンダードとは異なる独特の進化を遂げてきた。とくにトップランクの大学で「人間栄養学」を学ぶ場が決定的に欠落していると佐々木氏。

日本の医学部では栄養学をほとんど学ばない

また、農学部は食材の開発研究をすることには長けているが、研究された食材を利用する、あるいは利用のための研究をする機関や学部が国内にはない。栄養士養成校では確かに栄養士は養成されているが、栄養学の研究は世界レベルではなされていない。また日本の医学部では栄養学をほとんど学ばない。

日本で人間栄養学を勉強したくても、現状では研究者を養成する大学や学部、大学院は質、量ともに圧倒的に不足している。世界から長寿国として注目されている日本においては、研究教育機関となる大学、大学院で、レベルの高い人間栄養学の教育と研究が実施されることが早急に必要ではないかと佐々木氏は指摘する。

また今回の研究から日本ではとくにヒト研究の生産性が他国に比較して圧倒的に貧弱であることも明らかとなった。「栄養」を標榜している日本の大学と、「人間栄養」を標榜している他国の大学とでは内容も大きく異なる。これは学術関係の諸団体(学会・関連団体)についてもほぼ同様であり、国内でも「人間栄養学」を学べる土壌を作り出すことが早急に必要だと佐々木氏は訴えた。


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