" 尿中の干渉物質を除去して、酸化ストレスを
 簡便に高精度に測定する
"

  東京工科大学学長 軽部 征夫 氏

酸化ストレスが健康に多大な影響を及ぼし、生活習慣病などの原因の一つになっているといわれている。その測定法については、必ずしも十分ではなかったが、このたび、検体の尿をあらかじめ前処理して測定を簡便に高精度にするキットが開発され、期待を集めている。そこで、開発の背景等について、責任者である独立行政法人産業技術総合研究所バイオニクス研究センター長・軽部征夫博士(東京工科大学学長)にうかがった。
---近ごろ、酸化ストレスという言葉をよく聞きますが、この酸化ストレスについておたずねします

軽部:酸化ストレスとは、生体内で活性酸素の生成と消去システムのバランスが乱れて、活性酸素が過剰になる状態を言います。活性酸素は、元々の酸素よりも生体内の分子を酸化させる能力が高いという性質をもっています。

つまり、通常発生する活性酸素は、生体内システム(抗酸化酵素や抗酸化物質)によって消去されるので、酸化ストレスは低いレベルに抑えられています。

しかし、過度の運動や逆に運動不足、偏った食事、喫煙などの不健康な生活習慣や、慢性炎症、さらに、最近よく見られる精神的な原因であるストレスが高まったりすると、活性酸素の生成と消去のバランスが崩れ、酸化ストレスが増加すると考えられます。

この状態をそのまま放置しておくと、いろいろな臓器に障害が発生する、つまり、健康に多大な影響が出るわけです。酸化ストレスの増加の影響を一番受けるのは、免疫、つまり防御機構ですから、病気に罹りやすくなるということです。

---酸化ストレスは、人体にどんな影響を及ぼすのでしょうか

軽部:活性酸素は、もともとが不安定な分子ですから、遺伝子や細胞、タンパク質などを攻撃して、傷つけてしまいます。酸化ストレスが高い状態が続くと、私たちの体を構成する核酸(DNAやRNA)、タンパク質、糖質が酸化されていきます。

従って、酸化ストレスは、従来指摘されている疲労や老化だけでなく、ガンや糖尿病をはじめ、心筋梗塞、動脈硬化、脳血栓などにも関与していることがわかってきました。

---酸化ストレスと8−OHdGについてお聞かせください

軽部:生体構成成分のDNAは、酸化ストレスの重要なターゲットです。酸化ストレスが体の多くの障害を引き起こす原因になることは、前に述べた通りですが、酸化ストレスのマーカーの一つである活性酸素は、すぐに反応してなくなってしまいますが、DNAの構成成分の一つであるデオキシグアノシン(dG)と反応すると、8−ヒドロキシ−デオキシグアノシン(8−OHdG)が生成されます。

損傷したDNAが修復される過程で、8−OHdGは、細胞外に排出され、さらに血液を経て尿中に排泄されます。したがって、尿中8−OHdGは、酸化ストレスを鋭敏に反映する優れた指標といえます。

---このたび開発された「尿中8−OHdG測定用前処理キット」とはどんなものでしょうか

軽部:経済産業省の独立行政法人である産業技術総合研究所(産総研)のバイオニクス研究センターは、バイオセンサーを主な研究テーマとして、多くの企業などの共同で、世界最先端の研究を進め、製品を実用化してきました。

今回の尿中8−OHdG測定用前処理キットは、(株)タニタとの共同研究によるものですが、体の疲れとか体が健康かどうかなど、体の中で起こっている現象を、痛みを伴わないで測定できないか、という考えが発端です。

体が疲れる、老化するといった現象は、酸化ストレスが主な原因の一つであることに注目し、これを簡単に尿で調べられないか。もしできたら、健康状態が容易にわかるはずだ、という考えからスタートしました。

尿中8−OHdGの測定法には、酵素免疫(ELIZA)法と、HPLC−ECDを利用したカラムスイッチング法がありました。ELIZA法は数値が高く検出され、未知の類似物質を同時に測定してしまう問題があり、HPLC−ECDカラムスイッチング法は装置のメンテナンスが複雑な上、尿中の電極干渉物質との分離、再現性に問題がありました。

また、尿中の成分は、その人の食物や個人差によって違ってくるし、いろんな共存物がいっぱい入っているから、これらをきれいにしないと、微量な8−OHdGは隠れて見えなくなってしまう。

そこで、じゃまな物を取り除くと、8−OHdGの濃度が高くなるので、測定しやすくなるわけで、それを開発・実用化したのが、今回の「尿中8−OHdG測定用前処理キット」というわけです。

このキットは、前述の問題点を解決するために尿をあらかじめ前処理するもので、汎用のHPLC−ECD法と組み合わせて、簡便かつ高精度に測定できる初めての製品です。

このキットの特徴は、操作が簡便であること、バッチ処理により多検体処理ができること、それに短時間でできる効率性などです。今後は、臨床検査や健康食品の分野でも、需要が高まると思われます。



◆プロフィール
軽部 征夫(かるべ いさお)

東京工科大学 学長
独立行政法人産業技術総合研究所 バイオニクス研究センター長
東京大学 名誉教授
社団法人日本知財学会 会長

< 略歴 >
昭和47年東京工業大学大学院博士課程修了、工学博士。47年〜49年米国イリノイ大学食品科学科博士研究員、49年東京工業大学資源化学研究所助手、55年同助教授、60年同教授、63年東京大学先端科学技術研究センター教授、平成11年4月同大学国際・産学共同研究センター長、13年4月同教授、14年4月東京工科大学片柳研究所教授、独立行政法人産業技術総合研究所先端バイオエレクトロニクス研究ラボ長、15年4月東京工科大学バイオニクス学部長、同年8月産総研バイオニクス研究センター長、17年4月同大学副学長、20年6月現職に至る。
日本化学会学術賞、市村学術貢献賞、東京都功労賞(発明研究功労)、フランス政府教育功労章、発明協会発明賞、バイオセンサー国際賞、文部科学大臣賞など多数の賞を授与。著書 「トコトンやさしいバイオニクスの本」「先端技術の大常識」など多数。

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