“ 「気」の豊富な食物で、生命活動を活発に ”

  (社)全日本鍼灸学会
会長 丹沢 章八 氏

東洋の伝統医療である鍼灸が、今米国でクローズアップされている。ここ数年、米国医療界では、オルタナティブ・メディスン(代替医療)の台頭がめざましいが、中でもハーブ、鍼灸の利用頻度は高く、健康保険の対象にもなりつつある。古くから日本に根ざした鍼灸が西洋からの風を受け、科学的な検証の伴った療法としてさらに大きな発展を遂げようとしている。鍼灸医療の概要、「食」との関わりなど(社)全日本鍼灸学会会長の丹沢章八氏にうかがった。
---鍼灸医療の概要についてお聞かせください

自然治癒力を援助するケアの医療

丹沢:鍼灸は「体表の特定の部位に特定の刺激を与えて、生体に本来的に備わっている恒常性機能を賦活させる」という物理療法のカテゴリーに属する治療法です。体表の特定の部位--ツボ--に与えられた鍼灸刺激は、神経系を介して局所や中枢に達し、自律神経系や内分泌・免疫系にポジティブな影響を与え、過亢進の機能状態があればこれを抑制し、抑制状態の機能があればこれを亢進させ、恒常性機能が活性化するように働きかけます。

リハビリテーションの専門医として、27年間、リハビリテーション医療に鍼灸を導入してきた中で、私が感得した鍼灸医療のコンセプトとは「鍼灸という医療技術を介し、客体の苦しみを分有する共感を支えとして、自然治癒力を援助するケアの医療」というものでした。鍼灸医療が我が国医学史に千数百年の歴史を刻みながら連綿として今日におよんでいることは、その本質がケアの医療であったればこそと私は考えています。

---米国で鍼灸がクローズアップされているようですが

NIH(米国国立衛生研究所)で鍼灸の有効性を評価

これまで、鍼治療はエビデンス(根拠)がない民間療法という見方をされてきましたが、最近、米国では西洋医学以外の医療(これを一括して代替医療と言っている)のアクセスが高まり、なかでも鍼治療の利用者が多くなってきた傾向の中で、鍼治療が高騰する医療費軽減対策の一助になるかどうかの検討と、鍼治療を保険支払対象とすべきという要望とに応ずる形で、鍼治療の有効性についてNIHが調査に乗り出しました。

丹沢: そして、すでにメドライン(医療データ検索)で鍼治療に関するエビデンスが150余も検索できる背景のもとに、NIHは鍼治療が国民の健康衛生上メリットがあるかどうかを検討するパネルを設営して広く意見を求めた結果、鍼治療は臨床上有用であるという合意に達し、その合意が1997年11月に「鍼に対する合意形成会議の声明」という形で発表されたのです。内容は、いくつかの疾患(症状も含む)に対しては有効であり、またいくつかの疾患に対してはさらに検討を要するが、有効と思われた疾患に対する保険支払は妥当性があるというものでした。

鍼灸治療の適応疾患についてはすでに、WHO(世界保健機構)が1979年には43疾患、1996年には6疾患を追加して49疾患をリスト(草案)として発表していますが、我々にとってはNIHのパネルから出された声明の方がインパクトは強く感じています。

日本の鍼灸医学のレベルをNIHにアピール

丹沢: 米国ではNIHの声明がでてから目に見えて鍼治療のアクセスが増えたと聞いています。また鍼灸師を目指す人も増えているようです。
一方、日本の場合はどうかと言いますと、治療法としては米国に比ぶべくもない永い歴史を持っているものの、国民医療としての普及状況は、残念ながらまだ限られた範囲と言わざるを得ませんし、鍼灸治療の有効性について世界的なコンセンサスが得られているわりには、未だはっきりと医療としての格付けがされていないのが現状です。

そこで、NIHの声明を鍼灸医療関係者に再度アピールすることと、日本の鍼灸医学のレベルをじっくりと見聞して報告してもらうことで、NIHをはじめ米国のこの方面の関係者の目を日本に向けさせるという2つの目的をもって、本年度(平成11年度)の鍼灸学会の学術総会に特別講演者としてNIHの要人を招聘しました。

残念ながらこれまで英文で発表された日本の文献が余りにも少ないので、米国に限らず世界が日本の鍼灸医学のレベルの高さを知らないのです。日本は外国からの波に弱いところがありますから、これからは日本の鍼灸を積極的に外国にアピールして、そこから打ち返してくる波の影響に多少の期待を寄せています。

---東洋医学でいう「気」と食物との関係について

天然の「気」が宿る食物を摂ることが何よりも大切

丹沢: 中国では西周の時代にすでに「医食同源」という言葉が使われています。『周禮』という文献によると、当時の宮廷に使える医者は「食医」「疾医」「傷医」「獣医」の4つの位に分けられたということです。この中で、「食医」が最高位で「正しい食事を摂って病気を治す」ということを行っています。帝王の体調に合わせて献立を作り、日頃の食養生で病気にならないよう健康管理を行っていたのでしょう。これが後の「薬膳」へと発展していきます。

食事については、天然の「気」が宿る食物を摂ることが何よりも大切なことです。東洋医学では「気」の調整を重視します。人は母親から「先天の気」をもらって誕生します。とりあえずはこの「気」によって生命活動が営まれますが、いずれは消耗しますから、補充する必要があります。

この補充する「気」を「後天の気」といい、補充源は専ら食物に頼ることになります。このような仕組みから考えても分かるように、良質な「後天の気」を得るためには、「天地自然の気」「宇宙の気」が宿った食物を摂る必要があります。昔からその季節の旬の食物が尊ばれる所以はそこにあるのです。農薬を使って栽培した米や野菜、食品添加物が入った加工食品からは良質な「後天の気」は補充できないことをよくよく知るべきです。

---鍼灸医療と食事との接点は

丹沢: 食事は健康を保証する基本となる養生法ですから、食事(食事療法)の知識は鍼灸治療の実践家にとっても必携のものです。広くは、医療に携わる人たちは「食」に対する知識がなければ通用しません。「食」こそ「医」と言われる通り、「食」は「医」の根本です。現今の欧米の食生活に傾きつつある傾向を見直す必要があるのではないでしょうか。
日本人は、食塩の摂り過ぎの部分だけは充分に注意しながら、伝統食である和食を基本とした食生活を行うのが一番いいのではないかと思っています。



◆プロフィール
丹沢章八( たんざわ しょうはち )

<略歴>
昭和26年信州大学松本医学専門学校卒業。神奈川県総合リハビリテーションセンター・七沢リハビリテーション病院リハビリテーション部長、東洋医学科部長、北里大学衛生学部非常勤講師、東海大学医学部非常勤教授(東洋医学)を経て、明治鍼灸大学大学院教授。医学博士。前あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師国家試験委員長。(社)全日本鍼灸学会会長。厚生省審議会委員。

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