世界遺産『和食』と体・脳・心の健康
〜日本脂質栄養学会第23回大会 市民公開講座

2014年8月30日(土)、東京海洋大学品川キャンパスで、「日本脂質栄養学会第23回大会」が開催された。市民公開講座では「世界遺産『和食』と体・脳・心の健康」と題し、NPO法人 日本綜合医学会会長の渡邉昌氏と管理栄養士であり葛e乃井常務 堀知佐子氏の両名によるわかりやすい栄養学の講演が行われた。ここでは渡邉昌氏の講演を取り上げる。


医療費の増加、過去最高を11年連続で更新

医療費の増加が続いている。2013年はついに39兆円を超え、過去最高を11年連続で更新している。渡邉氏の推測では、50兆円を超える日はそう遠くないという。

高齢者ばかりが医療費を独占している現状や、不要な医療や医薬品にまで膨大なコストが投じられている可能性があることを国民一人ひとりが改めて考え直す必要があると渡邉氏は指摘する。

例えば、認知症高齢者への胃ろうなどは、生活の質を下げるだけでなく、尊厳をも損なっている場合もある。

「予防医療」と「未病医療」は似て非なるもの

近年は「予防医療」「未病医療」という言葉が国民に浸透しつつあるが、実はこの2つは似て非なるもの。「予防医療」は直線的で、西洋医療的な部分があり、「できるだけ早く治す、できるだけ早く治療する」ことを目的としている。

そのため、例えば血圧であれば基準値を厳しくすればするほどいいという方向に向い、かつては年齢+90といわれていた基準が現在は非常に厳しくなった結果、見直しの意見も出ている。

予防医療も過度になると高血圧でいえば対象患者が膨大になり、降圧剤も大量に世に出回るという結果を生んでいるのではないか。一方「未病医療」はその定義が曖昧であることが問題と渡邉氏は解説。

元気な老人になり、10兆円の医療費削減を

そこで渡邉氏は「数値」と「症状」から「未病」を考察することを薦めている。もし「数値」も「症状」も問題なしであれば「健康」。どちらか一方が異常であれば「未病医療」の対象になる。

いずれにせよ、良い生活習慣さえ心がけ実践すれば元気なまま老人になることができるし、医療費を10兆円くらいは簡単に削減できるはずだとした。

特に日本の長寿といわれる地域で食されていたものを見ると、明らかに必要な栄養素がカバーされた理想的な食事をしている。それを見習わなければならないという。

根菜類や玄米に高い抗酸化力

例えば、長寿の地域では根菜類を多く食している。実際に、ごぼうやレンコン、ナスなどは抗酸化力が突出している。これらは、漢方でも重視されており、疾病予防に効果があるといえる。

しかし近代栄養学では食物繊維しかない、栄養価の低い野菜として扱われてきた。玄米も同じである。食べにくさから敬遠されるが、玄米には高い抗酸化力があり、またその力は炊飯しても失われないという特性まで兼ね備えている、と渡邉氏は解説。

ちなみに白米には抗酸化力はほとんど見られない。明治の日本の軍医・薬剤師・医師として活躍し、「食育食養」を国民に普及することに務めた石塚左玄氏が提唱する「食養学」の正しさがまさに今、証明されてきている。

西洋の栄養学は獣医の研究がベースに

現在の栄養学は「栄養素栄養学」になっている。そもそも西洋の栄養学は獣医などの研究を元にしていて、家畜をいかに早く大きくするか、という視点から成り立っている。

これはアメリカも同様で、このような考え方では栄養学や食養生を十分に理解することはできない。

健康長寿を達成するには、適正なエネルギー量の摂取と、動物性タンパク質を摂り過ぎないという簡単なことに終始されると渡邉氏。

腸内環境を整えることは健康長寿につながる

必要摂取カロリーについては男女ともに、成人から老人まで、誰でも目指す体重×0.4単位(1単位80kcal)という簡単な計算でよく、これは妊婦も同様である。

普段の食事は主菜と汁、副菜の基本パターンとし、おかずは豆・ごま・卵・乳製品・海藻・野菜・魚・椎茸・芋を腹八分目に食べれば、ビタミン・ミネラルも十分補え、個別の栄養素を気にする必要などないと渡邉氏はいう。

また最近「腸脳」という言葉が広まっているが、確かに腸は大脳と関連していることが明らかにされつつあり、渡邉氏自身も自らの研究や実体験などから、腸内環境を整えることは精神的にも肉体的にも健康長寿につながることの一つとした。

そのためにも玄米食は復活させるべきであるという。2008年に84歳で亡くなった医師の甲田光雄氏は、玄米菜食の断食療法を行っていたが、断食では腸内細菌が大きく変わり、糖代謝が脂肪酸に依存するようなることも科学的に明らかになっている。

いずれにせよ日本の食養生の正しさが科学的に実証されてきていると渡邉氏。

老化を受け入れつつ、養生を実践

健康長寿を実現するためには2つの考え方があるという。1つはこれまでの考え方でいわゆる「アンチエイジング」という考え方。これは例えば運動やサプリメント、微量栄養素でエイジングを遅らせ、若さを少しでも長く保とうという考え方である。

この考え方は人生が80年までといわれていた時代には適していたといえよう。しかし現在は人生は80年ではなく100年になった。こうなると「アンチエイジング」ではなく「養生」という考え方のほうが適しているのではないかと渡邉氏。

養生とは心や生活を考慮しながら、老化を受け入れつつ健康を保つために、養生を実践しながら生活するということだ。

食、心、体を統合させながら命を育てる

近年、若い医師の間で「カロリー制限=カロリス=食べ過ぎない」が長寿につながると流行っているが、渡邉氏はこれが本当かどうかはわからないと指摘する。

寿命を縮めたり病気の原因になるのは、摂取カロリーよりもタンパク質の過剰摂取によるものが大きいと、数々の疫学調査から渡邉氏は分析しているという。

個々の栄養素を気にしたり、摂取カロリーを気にしたりするよりも、汁、主菜、副菜から成る伝統的な和食や玄米を食べるだけで、2010年に厚労省が出している「食事摂取基準」を多目にカバーすることができる。

それだけ、豆や味噌、海藻や玄米、根菜にはさまざまな栄養素、特に失われがちな微量栄養素が多く含まれている。食、心、体を統合させながら命を育て続けることを忘れないで欲しいとした。


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