腸内細菌叢と疾患・生体防御の関係
〜食と生命のサイエンス・フォーラム2016


2016年11月22日(火)、東京大学で、「食と生命のサイエンス・フォーラム2016」が開催された。この中から、大野 博司氏(理化学研究所 主任研究員粘膜システム研究グループ グループディレクター)の講演「腸内細菌叢と疾患・生体防御」を取り上げる。


大腸に菌が100兆個以上棲息

細菌は地球上のあらゆる所に存在している。海底や火山、あるいは極端な酸性やアルカリ性の環境でも棲息している。

地球上の全ての物の体積の1/3がバクテリアといわれるほどで、人も皮膚や粘膜を中心に多くの共生細菌が棲息している。

菌のいない世界に我々は生存することができない。体内では特に大腸に100兆個以上棲息しており、それは人体を形成する細胞の数よりはるかに多い。

人の遺伝子の総数はメタゲノム解析で約22,000と推測されている。対して、500〜1,000種類以上の菌種から成り立つ腸内細菌叢の遺伝子数は人の遺伝子数をはるかに凌駕すると大野氏。

腸内細菌叢、様々な病態に影響

この多種多様な菌同士が相互に作用し、代謝し、宿主(ヒト)とも相互作用することで、宿主の健康状態に多大な影響を与える。

実際、腸内細菌叢は腸疾患のみならず、肥満症や糖尿病などの代謝性疾患、神経性疾患、肝臓疾患、免疫疾患など様々な病態にも影響していることがわかってきている。

近年は、特に海外を中心に「糞便の移植」つまり「腸内細菌の移植」によって治る病気の症例報告も増えている。また腸内細菌叢の働きによって感染症や感染症死を予防できることもわかってきている、という。

酢酸、腸粘膜上皮の増殖促進や保護作用

そうした中、ビフィズス菌がO157を予防するメカニズムも明らかにされつつある。無菌マウスにO157を感染させるとシガ毒素が発生し一週間ほどで感染死する。

しかし、ある種のビフィズス菌をあらかじめ無菌マウスに投与しておくと、マウスは感染死しない。ただし、ビフィズス菌は30〜40種類あり、O157の感染死を予防できないビフィズス菌もあるという。

感染死を予防するビフィズス菌でも、そうでないビフィズス菌でも、直接の死因となるシガ毒素の産生量に違いはない。

ビフィズス菌が直接O157の増殖やシガ毒素の発生を抑制しているのではなく、腸内で産生する代謝産物が異なり、それが感染死を予防するかどうかの差になるのではないか、という。

そこでそれぞれの糞便を解析したところ、やはりO157を予防するビフィズス菌としないビフィズス菌で代謝産物に大きな違いがあることが分かった、という。

予防するビフィズス菌の代謝産物はブドウ糖などの「糖類がしない方の1/2以下に減少している」ことや、糖を消費して作られる「酢酸の量が2倍近く高い」ことを突き止めたという。ちなみに「酢酸」は腸粘膜上皮の増殖促進や保護作用を持つ働きがあることが知られている。

またO157を予防するビフィズス菌の酢酸生産能力は「ブドウ糖」だけでなく「果糖」においても産生できる点で優れていることが突き止められた、という。

ビフィズス菌で、O157を予防するタイプとは

どのビフィズス菌もブドウ糖から酢酸を作る事ができるので、ブドウ糖が豊富な小腸や大腸上部ではいずれも酢酸を十分な量産生できる。そのため小腸や大腸上部ではO157の炎症が起きにくい。

しかしO157は大腸下部で炎症が認められる。これは大腸下部ではブドウ糖が枯渇するからで、大腸下部にも比較的豊富に存在する果糖から効率的に酢酸を産生できるビフィズス菌が大腸下部内で活動していればO157を予防することが推測できるという。

つまりビフィズス菌にもO157を予防するタイプとしないタイプがあり、予防するタイプは大腸下部で果糖を代謝して酢酸を作るから、というメカニズムではないか、とした。

食物繊維の摂取がカギ

腸内細菌には炎症やアレルギーを抑える効果が認められているが、メカニズムは明らかにされていない。しかしマウス試験により、食物繊維が多い食事を与えると、腸内細菌により制御性T細胞(Treg)への「分化誘導」が起こることが認められたと大野氏。

また食物繊維が多い食事を食べた際に腸内細菌から代謝される産物としては「酪酸」が多く生産されることも分かった。

食物繊維を多く摂ることは腸内細菌の活動を高め、その結果多量の酪酸が作られ酪酸が炎症抑制作用のある制御性T細胞を増やしていると推測される、という。

実際、大腸炎モデルマウスに酪酸を投与すると制御性T細胞が増加し、炎症が抑制される経過が見られることや、ヒトでも炎症性腸疾患の患者は酪酸を作る腸内細菌が少ない人がわかってきていると大野氏。

これらの研究がより効果的なプロバイオティクスの開発や炎症性腸疾患の治療法開発に役立つよう引き続き研究したいとした。


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