医と食を融合させた健康へのアプローチ
〜第2回慶応義塾生命科学シンポジウム

2010年12月8日(水)、慶応義塾大学三田キャンパスで、第2回生命科学シンポジウム「食と医科学、そして健康長寿」が開催された。食を科学的に分析し、健康長寿へのメカニズムが分かれば、医と食を融合させた新たな健康へのアプローチが可能になるのではないか。そうした視点から各専門家による最新の研究報告が行われた。

「超高齢化社会における健康食品の役割」
慶応義塾大学医学部教授 坪田 一男

アンチエイジングで、ドライアイが改善

坪田氏は自らもアンチエイジングを実践、10年以上経つ。氏が行っているのが、「カロリス」「適度な運動」「抗酸化成分の積極的摂取」、日常生活で「笑いやニコニコ」を心がける、など。健康診断の数値は年々若返りを示し、効果を実感しているという。

坪田氏がアンチエイジングに強い関心を抱いたのは、特定の疾患というより、トータルで体の不調を改善させる効果があるためという。

例えば、ドライアイは加齢とともに涙の分泌量が減少することで起こりやすくなる老化現象の一つである。 坪田氏は眼科医で、自身もドライアイに悩んでいたが、アンチエイジングの実践で、涙の分泌量が増加し、目薬が不要になった。ただ、アンチエイジングがドライアイに効果があることを証明することは難しいため、現在もラット実験を行っているという。

血圧を下げる食品、ドライアイや他の老化現象にも有効性を発揮

健康食品の中でも多いのが血圧低下に関わるもの。これらに含まれる成分、例えば胡麻由来の降圧ペプチドなどをドライアイのマウスに与え、コントロールマウス(特定成分を与えないドライアイ状態の比較対象のためのマウス)と比較したところ、ドライアイが改善されたことが証明されたという。

もちろん、これをすぐにヒトに置き換えられるわけでなく、摂取量や副作用、相互作用など考慮しなければならないが、加齢と共に上がりやすい血圧を下げる食品機能が、ドライアイやその他の老化現象にも有効性を発揮しているとすれば、食をもっと科学的に分析し、新しい治療方法として取り上げるべきではないかと指摘。

健康食品が抱える様々な問題はあるにせよ、やはり食品である以上、作用ポイントが広く、効き目が弱く(副作用が気にならない)、安全で長期間摂取できるというメリットがあるため、新しい切り口として取り上げていくべきだとまとめた。

食と消化管機能〜内視鏡で異常がないのに症状が?
慶応義塾大学内科学(消化器)専任講師 鈴木 秀和

日本人のおよそ1/4が機能性ディスペプシア

辛いと感じる食後のもたれ感、早期の飽満感、みぞおちの痛みや灼熱感といった、胃の痛みに関するトラブルを感じる人は実に多く、増加傾向にあるという。

こうした症状が数ヶ月から半年以上改善されない場合、胃カメラで検査することになるが、半数以上の患者に、特に胃や十二指腸に潰瘍や腫瘍などの器質的異常は認められないという。

そして、ほっとして症状が発症しなくなるケースもあれば、痛みが消えず病院を転々としたり、医師に不満を抱いたり、あるいはストレスと片付けられて腑に落ちない患者さんも少なくない。こうした経験をしている日本人はおよそ1/4にのぼる。近年、こうした症状は機能性ディスペプシアと呼ばれ、治療方法を開発する試みが始まっていると鈴木氏。

機能性ディスペプシア、原因は不明

機能性ディスペプシアは胸焼けに代表される、胃食道逆流症は含まず、食後と食前の症状の2つを対象としている。原因ははっきり解明されていないが、食物が胃に入ってきた時に胃がうまく膨らまず、結果すぐに食物が十二指腸に送られるという胃のメカニズムにあると考えられている。また、胃の知覚過敏、十二指腸が過剰に胃酸にさらされることなども原因と考えられているという。

治療では、酸分泌抑制薬、消化管運動機能賦活薬、漢方薬、抗うつ薬などが用いられることが多い。

高蛋白質食も胃に負担をかけることがあるため、食と消化機能について今後多面的に研究、病態解明がされていくべきであるとまとめた。

メタボ時代の生活習慣病と食事
慶応義塾大学医学部内科学(内臓分泌代謝内科)専任講師 脇野 修

メタボリックシンドローム、心血管障害へドミノ倒し

飽食の時代、特に日本では十分すぎるほどのカロリー、蛋白質、塩分摂取が健康を脅かすようになっている。そのひとつが、高血圧、糖代謝異常、脂質代謝異常などを合併させるメタボリックシンドローム(以下、MS)。

MSが糖尿病や高血圧症の予備軍になるだけでなく、生命にかかわる心血管合併症を引き起こすことがよく知られている。MSの心血管障害を起こす一連の病態の流れがドミノ倒しに似ていることからメタボリックドミノと呼ばれている。

肥満やメタボリックと同等かそれ以上の心血管リスクファクターに慢性腎臓病があり、現在国内で2137万人を超えるが、メタボリックが940万人以上であることから、近年非常に注目を浴びているという。

インスリン抵抗性の改善が大切

慢性腎臓病患者は将来透析をする確率が非常に高いが、原因として蛋白質と塩分の過剰摂取に伴う腎機能障害がある。MSにも慢性腎臓病にも食事管理が疾病の発症と進行の抑制に効果的であり、メタボではカロリー制限が、慢性腎臓病には蛋白質制限が重要であるという。

どちらもインスリン感受性の低下、すなわちインスリン抵抗性、高インスリン血症があり、寿命と関係することが判明しつつあることから、インスリン抵抗性の改善こそがMSのみならず慢性腎臓病の生存率を上げる手段ではないかと指摘した。

カロリー制限がもたらしうる抗加齢と幸加齢
慶応義塾大学医学部内科学(老年内科)専任講師 新村 健

老化制御の糸口、最先端の医療技術ではなく「カロリス」にある

生物の発生・分化、成熟から老化に至るプロセスは、かつては神の領域とされていたが、現在ではヒトの手で介入・調節することが可能になりつつある。

生理的老化の遅延や健康寿命の延命といった「老化制御」を目指していく事はQOLの観点からも誤ったものではない。超高齢化社会において目指すべきゴールは、抗加齢と幸加齢の両立であるという。

老化制御の糸口は、遺伝子操作といった最先端の医療技術ではなく、単純な方法であり、既に坪田氏から話しのあったカロリスであることが75年も前に見い出されていると新村氏。

カロリス研究、多くの研究者に正しく伝わっていない

食事からの総摂取カロリーを50%〜70%に制限し、生涯継続するというのがカロリス。しかし、カロリスの基礎研究から得られた寿命延命効果があまりに衝撃的であるがゆえに、過度の期待と疑心暗鬼により、カロリス研究の意義が多くの研究者に正しく伝わっていないと新村は指摘。

新村氏自身も2003年からカロリスを実践し、循環器領域において極めて有望な栄養学的介入であることを実感している。ただ、心血管系老化に対するカロリス効果には限界があることも感じられる。現在もカロリス効果を模倣する方法と、カロリスでは制御できない領域の老化に対する介入方法の研究を続けているとまとめた。


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